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日  記

2013(平成25)年4月30日(火) 晴れ

うちで満室になったのでか、廊下の工事がはじまった。

今日は、国道の交差点を西へ、温泉のあるところまで行ってみた。
ただし、お金を使いたくないので自転車で。

あとは、家で不採用書類を捨てるための整理。

2013(平成25)年4月29日(月) 晴れ

今日は午前中からメーデーに行ってきた。
所属はなし。

帰ってからは、中古屋に場所をとっている古いプリンターを売りに行ってきた。
本体、ケーブル、説明書、ドライバーソフト、インクまでそろっていて、
遅くてもXPのPCでも動くのだけれど、
1軒目は廃棄の提案。
2軒目は個人のお店で、本体とケーブル類だけ無料でひきとるという感じだった。

2013(平成25)年4月28日(日) 晴れ

今日は昼前からうろうろと、近所の中古屋さんめぐり。
自転車でうろうろ。
それからスーパーで買い物。

夕方からは、求人応募の書類を書いて、出してきた。
近場のマスコミ関係。

2013(平成25)年4月27日(土) 晴れ

山より10度も温かい。
今日は部屋の不具合の修理があった。
午前から夕方まであれこれと。

2013(平成25)年4月26日(金) 晴れ

朝から旧居のガス停止の立ち会い。
それから部屋の明け渡し。

終わって新居に戻って、今度は不具合の申請、
それからドコモに住所変更に。

2013(平成25)年4月25日(木) 晴れ

旧居の掃除と、転出届け。
その足で転入届け、免許の住所変更、車の保管場所の手続き・・・
それから隣近所に挨拶まわりで、1日終わった。

免許の手続きと、保管場所の手続きで警察署が別だったので、
車で10km以上の距離をいったりきたりした。

2013(平成25)年4月24日(水) 雨ときどき曇り

今日も引越しで荷物運び。
1回目運んでから、ホームセンターとスーパーで買い物。
その後、ガスの立ち会い。
それから、再び旧居にもどって、不要な段ボールをつぶしたり、掃除。

その後、荷物運び。
12回目でもまだタイヤ2本と掃除道具と、新品段ボールが残った。

でも、大体運べたし、ガスも開けたので、やっと新居で住める。

2013(平成25)年4月23日(火) 晴れ

今日も朝から3回荷物運び。
3回目は、自分の車に乗らない洗濯機と冷蔵庫と自転車を手伝ってもらって運んでもらった。
土曜日朝、道で交通事故のために迂回したと思ったら、
今日の2回目も山道で事故で規制中だった。
今日はパトカーがたくさん走っていた。

今日で合計10回運んだ。

2013(平成25)年4月22日(月) 晴れ

今日は朝から荷物運び。
それから職安に行って失業手当の手続き、そして戻ってまた荷物運び。
日が暮れて、もう一回荷物運び。
今日も3回運んだ。

2013(平成25)年4月21日(日) 雪時々曇り

今日は朝ソフトクリームを食べにいって、
あとは3往復、自分の車で引越しの荷物運びをした。
段ボールに換算して1回15箱分くらい。
昨日1往復したので、4割くらい運んだかもしれない。
本や紙類は重いので結構大変。

2013(平成25)年4月20日(土) 晴れ夜雪

今日は朝から車で不動産屋に行って手続き。
それから、ガスコンロなどを買いに行って、
家に帰って1回荷物を運んだ。
その帰りは雪だった。

2013(平成25)年4月19日(金) 晴れ

朝から夕方まで半田付け。
今住んでいる部屋の明け渡し(月内)の都合で、
やめてくれということで今日まで。

2013(平成25)年4月18日(木) 晴れ

今日も朝から夕方まで半田づけのアルバイト。

帰ってからは車で40kmでかけて、
不動産屋に部屋を借りに寄ってきた。
下見をしてきた。
退職してからの部屋探しなので、
審査が厳しめ。

2013(平成25)年4月17日(水) 晴れ

今日は朝から職安に行ってきた。
半田付け付けをしていたので、
その間は失業手当の給付ができないということで、
完全にアルバイトもなにもない状態になってから7日たってから給付可能になるということだった。
給付については、後日別な紙を出し直しが必要になった。
あとは離職者の登録だけできた。

午後は半田付け。

2013(平成25)年4月16日(火) 晴れ

今日も朝から夕方まで半田づけ。
ただし、今週中までということになった。
そして職安に出すための離職票が出た。

2013(平成25)年4月15日(月) 晴れ

今日は風の強い日。
朝から夕方まで半田付け。

今日は帰ったら、先週柏まででかけた面接の結果が来ていて、
不採用だった。

そして、夜、ガリガリくんを買ったら当たった。
1本62円なので、150本くらい買うと、
面接の交通費と一緒くらいになる。

よくない事(不採用通知)と、よい事(ガリガリくん1本当たり)でつりあうのかどうか。
かかる費用的には近いかもしれない。

2013(平成25)年4月14日(日) 晴れ

今日は、部屋探しの無料情報誌が新しくなっていないか
車で1時間の蔦屋まで行ってきた。
冊子の切り替わり時期らしく置いていなかった。

午後は車を洗ったり、ワックスをかけたり。

2013(平成25)年4月13日(土) 晴れ

今日は午前中はタイヤ交換。
午後は花見に行ってきた。

2013(平成25)年4月12日(金) 晴れ

朝から夕方まで半田づけ。
帰りがけ、岩手の残りのは書類で落ちたという連絡があった。
ランクが下の職で先に落ちれば、
それは下の職で落ちるのに上の職はということでも言われればおしまいだから、
まえの面接のせいとしか言いようがないのだろうと思った。

2013(平成25)年4月11日(木) 雪

今朝は朝3時半に起きて出かける準備。
朝は−6℃まで下がって、小雪が降っていた。
5時に出かけるときには−3℃くらいだった。

電車で面接に行ってきた。
帰ったら19時。

2013(平成25)年4月10日(水) 晴れ

朝から午後まで半田付け。
早目に帰って明日の準備。
それから発表の練習。
そして早目に21時には就寝。

2013(平成25)年4月9日(火) 晴れ

今日も朝から夕方まで半田付けのアルバイト。
早目に帰って、面接用のスライド作成。

2013(平成25)年4月8日(月) 晴れ

今日も朝から夕方まで一時しのぎなアルバイトで
半田付けをした。

2013(平成25)年4月7日(日) 小雨ときどき曇り

今日は面接のための調べ物。
始発ででないといけないので、駅員がいない。
なので、切符を前もって買いに行ってきた。

それから部屋で箱の詰め替えや片づけもの。
足元に箱が増えているので、開きかけのにつっかかって危ない。

2013(平成25)年4月6日(土) 晴れのち小雨

今日は誘われて、朝からでかけてJICAの説明会に行ってきた。
ちょうど桜が咲いていて、桜祭も見てきた。

2013(平成25)年4月5日(金) 晴れ

今日も無職で朝から夕方まで半田付け。
謝金なので、年間最大30万円までという制限がある。

2013(平成25)年4月4日(木) 晴れ

今日は朝から夕方まで半田付け。

2013(平成25)年4月3日(水) 雨のち晴れ

朝から前職場のPCの明け渡し。
あとは半田付けのアルバイト。

2013(平成25)年4月2日(火) 雨

今日は朝から夕方まで仮のアルバイト。
明日はPCも明け渡し。


博士の学位というのは、どんな資格があるのか。
学芸員資格をとらなくても学芸員資格を持つとみなされたり、
国会議員の政策秘書の試験をうけていなくても政策秘書の資格を持つとみさなされる。
ほかに何があるだろうか。
ただし、学芸員はどんぴしゃの公募はなかなかない。
政策秘書のほうは、試験を受けた合格者だけ議員に求職者として一欄が出るというから、
ポスドク10万人の専門能力は活用されていないわけだ。
議員の政策秘書の場合、通常今いる公設秘書に加えて、
国費で別途に雇うことができたはずなので、
政策のシンクタンク的な感じでかなりの補強になるはずなのに、
ということはいつも思う。

僕が震災のときあれこれ言っていて、政府参与等になれなかった理由は1つ。
「しかるべき職についている人がやるべき(菅総理・当時)」というのに尽きる。
つまり、前職の支援員のようば場合、残業なしで月給18万円くらいとして、
参与等は謝礼が月30万円程度だ。
国などの機関の職では、副業は本職の給与の額を超えてはならないというのが目安になっているので、
それでいうと、国の謝礼>月給 ということになり、
つまり、定職にある人だけが意見を言える、定職にある人だけに聞く、という構図になる。
定職にあり地位にある人というのは、何か問題が発生したときには、
聞かれなければ答えないことで責任を問われないようにするものなので、
内閣にも情報が上がらない、そして、知らないので質問できない、しない、
という政府機構(国−官僚機構)の機能不全が発生したわけでもある。
これが表面化する点の1つが、しかるべき職についている人がやるべき、という考え方で、
そんな悠長な場合ではなかったのだから、適材適所とはとても言い難い欠陥でもある。

2013(平成25)年4月1日(月) 晴れ

健康保険証なしで気をつけていたのに、
昨夜は、風呂に入ろうとしたときに、バスクリンをとりにいこうとしてつまずいて
膝を打つわ、腕をすりむくは。

だったので、今日最初にやるべきは村役場で国民健康保険と国民年金の加入手続き。
なので、朝9時早々に手続きに行ってきた。

その後、午後は、さらに部屋や前職場の片づけ。
行ったりきたりを繰り返したので、1万5千歩くらい歩いた。

夜は、みんなでやっているブートキャンプの筋トレに出かけて、
帰りに温泉に行ってきてすっきり。
住居の明け渡しをせっつかれているけれど、
どうにもならない。

先日落ちたところの本命の方の面接は未定で、結果が出ても15日。
それまでに引っ越すと、採用されても引越し代がなくて困ることになる。(この業界いつも自腹)
31日退職となった離職票は、給与日が16日なので、
それまで金額が確定しないので書き込めず出ない。
離職票がないと地元も全国も職安の求人を見ても照会紹介してもらえないから
職安で仕事を探すことはできない。
やめた職場で離職票を貰わないといけないのと、
職安は16日以降になるから、
部屋を決めて近所に引っ越しても16日を過ぎての活動になる。

職安で仕事が決まる平均は2か月と言い、
職安で失業給付金がでるのは3か月間のみ。
出るまでには申しこんでから1週間収入0の確認がいるらしいけれど、
出ても前職の給与の半分から3分の1。
ということは、生活ができるかはあやしいことになるので、
それまで何でもいいからアルバイトが必要になる。
というわけで、以前落ちた隣の研究室でアルバイト。

部屋を借りる場合にも、徒歩や自転車で職安に行けないと散財してしまうし、
近くにリサイクル店もいろいろないと、ものを処分にしにくい。
ものを処分して減らさないと、失業給付中でも仕事がなく生活に困ったときに、
実家に引っ越すことができない状態が続くことになる。

他の人はどうかといえば、
結婚している人なら夫婦合わせて考えて生活できればいいというので、
ノーベル賞をとった教授らの場合、若いころ、奥さんに生活を支えてもらったという。
そういう美談は有名だ。
でも、うちはどうもそういうのがないので、
大学生が就職できないときと同じで実家に帰れという話らしい。

ただし、荷物が多い。
1、教科書、参考書、専門書類、論文類、研究資料、研究会資料、学会誌・・・
2、車のパーツ、予備部品、メンテ本、雑誌、・・・
2、倉木さんとこのライブグッズ、CD、DVD、会報など・・・
3、趣味と実益、災害に備えてキャンプ用品・・・

大学関連の将来展望を捨て去るのでないかぎり、1は捨てにくい。
2の車関連は、人づきあいと信用、そしてトラブル対応力にもつながるので。
また、ないと車が動かなくなる。
日本の国土の7割は山間地なので、少子化で公共交通機関が減る中では、
車は必須になっていくはずだ。
3、は見ず知らずの赤の他人としての、ろくに口もきけない、今後も今のままお客さんということであれば、
年齢的に、いい加減いい人を見つけて結婚しろと言われているので、
逆算して人生終わってしまうので、そろそろ潮時ともなる。
そんなことやっていても生きていけない、と言われているだけでなく、
引越しにも困ってきたとなると、自分の将来につながらないのであれば、切り捨てなければならなくなる。
現状をずるするというのが一番困りもの。
将来結婚して子供を育てて20歳になるまで元気に働かなければと考えた時、
ぎりぎりの年齢になってきているのだから、現状維持は、これでは人生が終わっていく。
3のキャンプ用品は、引越ししたら、テーブルはキャンプ用だとか、結構重宝している。
地震の活動期にはいったともいうので、生活用品をキャンプ代品に置き換えてシンプル化することはあっても、
あまり捨てるべきではないはずだ。

普通に考えると、生活必需品より娯楽関連のものから減らすのが適正のはず。

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